置き薬(配置薬)の歴史

城山薬品の置き薬

 置き薬(配置薬)ってなに?

置き薬は、江戸時代、富山藩二代目藩主、前田 正甫公が始めたと伝えられて
いる「越中富山の反魂丹、鼻くそ丸めて万金丹」と言う囃子言葉と共に、全国に
普及し、その後、三百年と言う時間をかけて成熟してきた日本独特の商法です。
三百年と言う時間は、決して楽な時ばかりではありませんでした。
明治の初めには、置き薬は有名無実とされ、売薬を取り締まる法律が
制定されたり、重税が課せられたりした時代もあります。
そんな中でも、時代に合わせて行商スタイルは変わっても、置き薬の精神は
変わらずに現代まで受け継がれてきました。

昔の薬箱

 文化の伝道者

置き薬屋は、薬だけでなく文化の伝道者としての役割も担っていました。
昔は、今とは違い、情報の伝達手段は限られていました。
その中でも、全国を歩いて廻商していた薬売りは、
その土地々で得た情報を他の土地へと伝えて歩き
それが人から人へ受け継がれ、文化の発展にも影響を与えていきました。

昔の薬箱

 医療の一端を担い続けて

病院や薬屋さんが身近にある現代では、治療を受けたり薬を
飲んだりする事は、大変な事では無くなってきていますが、
お医者さんの少なかった昔から、置き薬屋の果たしてきた役割
は、軽医療の分野では大きなものがあったのです。
置き薬屋は、昔からご家庭を一軒一軒お伺いして、お薬につい
てお話をさせて頂いてきました。インターネットが普及してきた現代でも、その姿勢は変わりません。

 これからの配置薬(置き薬)

お薬は、使わないのに越したことはありません。
しかし、必要な時には、やはり用いなければならないものです。
従って、薬についての正しい知識を身につけることは、
自分の体と健康を守る為に欠かせないものと、私達は考えます。
セルフメディケーション(自分の体は自分で守る)の時代と言われる今、
健康に関する情報も氾濫しています。
城山薬品は、健康でありたいと願う方々の良き相談役として、
一人でも多くの方へ様々な情報を提供していけるよう
長い伝統と信頼に裏付けされた置き薬屋の精神で
これからも頑張ってまいります。

昔の薬箱